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LUSH MY LIFE.

仕事も家庭も趣味も全部楽しみたい欲張りブログ

出産レポ:分娩後もまだまだ終わらない痛みとの戦い

前回までのあらすじ

無事出産。

www.lml320.com

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「2時間で分娩室から出られます」は叶わず

3400gの息子を無事出産し、驚きと感動の真っ只中にいました。息子は既に分娩室を出て、旦那に抱っこされて廊下にいるそう。外からは私の両親(旦那の両親は遠方から向かっている最中だった)の声が聞こえます。
病院がしてくれた事前の説明会では、分娩後は残った胎盤がでてくるのを待ってから分娩室を出られるとのこと。それにかかる時間はおよそ2時間。
私も2時間で分娩室を出られるものだと思っていました。

「出血が止まらない」分娩室を出られない

胎盤は無事に出ました。同い年くらいの女性の医師の方が、会陰部分を縫ってくれています。私の横にはミドルエイジの助産師さんが立ち会ってくれています。このころはまだ私にも余裕があって、会陰部分の縫合は痛いものの、助産師さんやお医者さまと何かしら会話ができていたように思います。
が、医師の方が何やら「うーん」という顔をして私の股間を見ている。

「出血が止まらないので、このままこの出血が続くと命の危険があるため少し処置をします」

え、命の危険〜〜〜!?

オロオロする私を横に、何やら助産師さんが増えたり減ったりします。廊下では息子の泣き声と両親、旦那の声がします。え、いやだ、死にたくないよ〜〜〜〜〜!!

めちゃくちゃ痛い「処置」

「クスコ入れます」「中の傷がないか見ます」「ガーゼ詰めます」この3つの動作をひたすら繰り返されたのですが、

もうめっちゃ痛い。陣痛よりきつい。股間というか局部全体がビリビリする。

陣痛は「産むんだ〜〜〜ウオ〜〜〜〜」という気合いがまだあったのですが、もう処置は無理でした。先生が言った「命の危険」という言葉が頭をぐるぐる回ります。このときはあ〜〜〜〜痛いよ〜〜〜〜!!!と叫びながらずっと天井を見ていました。
自担であるA.B.C-Zの河合郁人氏が若い頃骨折したことを思い出し、このとき郁人もめっちゃ痛かったんだろうな…私もがんばろう…とそればかり考えていました。

分娩台で号泣

めちゃくちゃな痛みで何度もヒィヒィ言う中、廊下では家族の声がします。旦那の両親も到着したようです。

みんなは私の子供と一緒にいるのに、私は分娩室から戻れない。このまま出血が止まらなければ命の危険とまで言われた。

死にたくないよ〜〜〜。

「せ、せんせい…私、死にたくないですぅ…」

死にたくない、と言葉にしたらもうだめでした。なんだかいろいろな感情が相まって涙が出てきました。

「もし私死んじゃったら…子供のことが心配で…うう」

もうほんと大号泣です。分娩台の上で股広げて大号泣。悔しいというよりは、息子のことが心配でした。母親が自分を産んで死んでしまったなんて知ったらきっと悲しむだろうし、二人だけで生活できるのかな?と心配で心配で仕方なかったです。

優しい先生と助産師さん

ブログなので恥を忍んで書きますが、この後助産師さんに「手…手を握ってください…」と懇願し、処置中ずっと手を握っていてもらいました。

そして先生には謝られました。

どうやら、命の危険というのは「このまま処置を行わない場合に命の危険がある」という意味だったそうです。「その言葉で不安にさせてしまって申し訳ない」と言って謝られました。

今振り返ると「マジwwwwww早く言ってよwwwww」と笑えますが、当時の私は「よ、よかったですう〜〜〜(号泣)」でした。
この後ずっと先生と助産師さんは私を励ましてくれて、処置の途中で旦那さんや息子を呼んでくれたり、私の両親や旦那の両親と顔合わせさせてくれたりしました。

というのも、処置を開始した16:30から4時間半ほど経過し、病院の面会時間である21:00を過ぎてしまったからだったんです。本来は旦那以外入れない分娩室でしたが、特別に私の両親・妹(仕事終わりに来てくれた)・義両親を入れてくれました。

私の母や義母はやはり出産経験者ということもあり、ひたすらねぎらってくれました。父と義父は分娩室に入ること自体が初だったようで、ちょっとオロオロしてました。妹は私に気を使ったのか、「ウェ〜〜〜〜イwwwww」みたいなノリで来てくれました。

分娩から5時間、車いすで個室へ

処置の結果、血はさほど止まりませんでした。。子宮の収縮もイマイチだったという結果。ただ、もう私自身意識が朦朧としてきて、処置の合間に寝てしまいそうになっていたので一旦バルーンとガーゼを中に入れて(激痛)、尿道にはカテーテルを通され、子宮の収縮を促すための点滴の管が腕にはささっています。指先には心電図をとるための小さい装置。

そして股間が痛くて立てないし歩けない。車椅子になだれ込むようにして座り、部屋へ戻ります。

本来であれば4人部屋・母子同室のはずでしたが、回復が悪いということで個室・母子別室へ。テレビも観れるし電話もできる、食事もできる部屋でしたが、何もする気が起きませんでした。とりあえず旦那氏に水とウィダーインゼリーだけ買ってきてもらい、少し部屋で喋る。

明日の朝、血が止まっていなければまたいろいろと処置が必要みたいです。そして私が立てないほどの貧血状態だったので、明日また血液検査をするみたいです。

時刻は23:00を過ぎていました。旦那氏も前日の深夜からほぼ一睡もしていない状態だったので、とても疲れていたかと思いますが、ラーメンを食べて帰ったそうです。

夜間担当の助産師さんが、睡眠導入剤を持ってきてくれました。とにかく寝て、元気になろうという旨の励ましを受けた気がします。それを飲んで、電気を消して、旦那氏が撮ってくれた息子の写真を見て…いつの間にか寝ていました。

その後の経過

貧血は分娩後4日間回復しませんでした。会陰の痛みは、退院時に抜糸するまで残りました。抜糸できるようなら抜糸した方がいいです。マジで。

ご飯は2日間ほとんど食べられませんでしたが、母乳のためには食べないと…と思い3日目から無理やり食べたら少し元気になりました。ごはんの力すごい。

分娩してみてどうだったか

陣痛より処置が痛かったです。そして、分娩より陣痛が痛かったです。

分娩<<<<<<陣痛<<処置という感じ。

でも、「案ずるより産むが易し」だなぁと思いました。痛いだろうなぁと思ってはいたものの、もう陣痛がきちゃうとあとはジェットコースターです。ジェットコースター分娩。

立会い出産について

おすすめです。

我が家は、当初私が「分娩中にうんこが出てしまったら困る」という理由で拒否していましたがもう流れで立会い。幸いうんこは出ませんでした。よかった。なんだか感動するので立会いをおすすめしますが、うんこが出てしまった際の責任は負えません。

10ヶ月お腹の中にいた息子が無事でてくるのかどうか、心配で仕方なかったですが、まずは一件落着という感じです。